健康教室 がん発生のメカニズム1(内的要因) |
がんの発生(内的要因)
人間の身体はおよそ60兆個の細胞から成り立っています。この約60兆個の細胞も元は一つの受精卵から発生したもので、最終的に(46回位細胞分裂を繰り返しますと)、60兆個程度の細胞になります。)*1) 細胞は種類によって寿命が異なりますが、たえず新しい細胞と入れ替わっています(ただし、心臓を構成する心筋細胞のほとんどは細胞分裂をしません)。このとき、細胞の中にあるDNA(分子)*2)が正確に複製されます。1個のヒト細胞に含まれるDNA長の総和は約2mですから、これを何十兆個も正確に複製することは人間の想像を超えた精密作業になります。*4)。
もしDNAの複製にエラーがありますと、複製されたDNA(分子)は損傷していますので、がん、老化、細胞死の原因になります。細胞分裂を繰り返す回数が多いほど複製エラーの確率が増えますから、DNA損傷はひどくなります。また、DNAは、活性酸素、紫外線、放射線などの外部要因によっても絶えず損傷しています。
このように、生命の維持と存続に不可欠なDNAが損傷しても、生物は、DNA(分子)の損傷を修復するDNA修復機構をもっています。
つまり、何らかの理由でDNA損傷した場合、DNA修復酵素(遺伝子修復酵素)がつくられ、このDNA修復酵素によってDNAは修復されますが、損傷がひどくて修復できない場合には、そのDNAをもつ細胞は自殺(アポトーシス)します。従って、元と異なるDNAを持つ細胞は、本来ならば存在しないはずです。
しかし、もしDNA修復酵素をつくる遺伝子*3)が傷を受けていますと、DNAに損傷が生じても修復されませんし、その細胞がアポトーシス(細胞死)することもありません。その結果、その細胞は時間とともに(細胞分裂を繰り返すにつれて)DNAの損傷がひどくなり遺伝子の欠損が生じ、それが増えていきます。こうして遺伝子欠損をもつ細胞は悪性の新生物になっていきます。それががん(悪性新生物)です。つまり、いくらでも細胞分裂を繰り返すようになった悪性新生物であるがんは遺伝子の病気になります。これに対して、内臓や血液などの病気は、身体の損傷(細胞の損傷)による病気です。
がん発生のメカニズム
よく、「がん細胞ができるには10カ所程度のDNA損傷が必要」などという言い方がされますが、これはあまり正確な表現とはいえません。
一般に、DNAが損傷しても必ずしも遺伝子が壊れる訳ではありませんが、DNA損傷が増えますと遺伝子異常の確率と異常遺伝子の割合が増えます(遺伝子が変化するためには、遺伝情報である4文字の並びか二重らせんを形成している対の組み合わせが変わる必要があります)。
正常細胞ががん化するには、少なくとも以下の3種類の遺伝子異常が生じる必要があります。とくに、最初に(1)のDNA修復遺伝子が異常になる必要があります。この遺伝子群が正常である限り、DNA損傷のある細胞が生き残ることはないからです。
(1)DNA修復遺伝子(がん抑制遺伝子の一種ですが、ここでは独立させています)
(2)がん遺伝子
(3)がん抑制遺伝子
(1)DNA修復遺伝子
DNA(分子)の損傷を修復するタンパク質をつくる遺伝子群の総称をDNA修復遺伝子とよぶことにします。
DNAが修復不可なときは、その細胞を自殺(アポトーシス)させますが、そのような機能をもつ遺伝子も複数存在します。
このような遺伝子が正常である限り、がん細胞が発生し、成長することはありません。
従って、がん細胞が発生するには、まず、DNA修復遺伝子が異常になることが必要です。そのため、がん抑制遺伝子から抜き出しました。
<注>アポトーシス
アポトーシスは細胞の自然死(細胞自身により制御・管理された細胞死)のことです。
ヒトの体内では毎日500億以上の細胞が生み出されているといわれますが、逆に言えば、毎日500億以上の細胞が死滅していることになります。この細胞死滅のほとんどはアポトーシスによります。
なお、DNA修復、細胞増殖停止およびアポトーシス機能を持つ遺伝子としてp53遺伝子があります。がん抑制遺伝子の代表であるp53は、細胞の恒常性維持について大変重要な役割を持っていますのでゲノムの守護神(者)The Guardian of the Genomeともいわれ、がん治療のキー(p53機能の回復)として多くの研究報告があります。
(2)がん遺伝子
細胞分裂を引き起こす遺伝子群をがん遺伝子といいます。
正常細胞では、(がん遺伝子によってつくられるタンパク質によって)細胞の増殖が制御されていますが、がん遺伝子の異常で、働きが強くなりすぎますと、細胞増殖のスイッチが入ったままになります。そのため、細胞は際限なく増殖していきます(がん細胞)。また、アポトーシス(細胞死)を抑制することでもがんを促進することになります。
(3)がん抑制遺伝子
しかし、がん遺伝子に異常が生じて細胞増直のスイッチが入ったままの状態になっても、それだけでは細胞の増殖は続きません。その増殖を押さえるためのスイッチが入るからです。このように際限のない細胞分裂をとめる遺伝子群をがん抑制遺伝子といいます。
細胞分裂を止める方法として、
1.細胞増殖の抑制
2.DNA損傷の修復
3.アポトーシス(細胞死)誘導
などがあります。ここでは、このうち、2.と3.は(1)に入れていますので、1.の細胞増殖の抑制などです。
結局、がん細胞発生と遺伝子異常との関係は、図1のようになります。
まとめ
がんが発生する過程は以下のようになります。
1.DNA損傷修復能およびアポトーシス能の喪失(そうしつ)(対応遺伝子が不良)
これにより、DNA異常の細胞が生き残り、DNA損傷・がん細胞への道がひらける
2.細胞増殖のスイッチがオンになり、細胞増殖抑制のスイッチがオフになる(対応遺伝子が不良)
3.細胞分裂によってがん細胞発生
4.細胞増殖によってがん細胞が凶暴化
(血管を作る能力や転移する能力・転移しても生き残る能力などを獲得)
細胞分裂を繰り返しますと、(DNA修復能を失っていますから)DNA複写のエラーが蓄積し、本来の細胞としての本質がどんどん失われていきます。
<注>
染色体数の変化によって起きるがん細胞化もあるようです。
がん細胞が発生してもがんにはならない
以上が、がん発生のメカニズムになります。
内的・外的要因によって、毎日、数千のがん細胞が発生しているといわれています。発生したがん細胞がすべて生き残るのであれば、子供の段階で死に絶えているはずですが、通常、そのようながん細胞が増殖することはありません。体内には免疫機能があり、白血球ががん細胞を見つけますと異物・異生物として攻撃するからです。従って、がん細胞は増殖する前に死滅させられます。
ただ、血液循環の停滞(冷え)がありますと、十分な攻撃ができずに見逃されるか生き残ることがあります。
実際、40代、50代以上の方は、たいてい、内臓にたくさんの微小がん(ミリがん、マイクロがん)を持っています。それらの微小がんは常に攻撃されていますので、それ以上大きくなることはありませんが、何らかの理由で血液循環の停滞(冷え)がありますと、そこでがんが大きくなる場合があります。
通常、何もないところからがんが発生するのではなく、たとえば慢性炎症あるいは胃潰瘍や肝硬変などを患うことによって、その部分の血液循環の停滞(冷え)がひどくなり、その結果、がんが増殖する場合が多いということを知っておいてください。
(組織)細胞の病気が血液循環の停滞(冷え)を招き、それが長期化するとがんを誘発する傾向があります。
*1)従って、一個体のすべての細胞は同じDNAを持っています。臓器によって細胞が異なるのは、DNAが違うのではなく、目を覚ます(活性化する)遺伝子に違いがあるからです。
*2)DNA
DNA(分子)は、正式にはデオキシリボ核酸といい、核酸の一種です。DNA(分子)は2本の鎖が、らせん状につらなった二重らせん構造をしています(図2)。この有名な二重らせん構造のモデルは、ワトソンとクリックによって提唱され、証明されました。DNAは、しばしば、遺伝子と混同されますが、厳密には遺伝子ではなく、遺伝子を構成する(たくさんの遺伝子を並べた)分子です。
また、DNAは細胞核の中に単独で存在するのではなく、DNAはいろいろなタンパク質(主にヒストン)と結びついて複雑に折りたたまれた形で存在します。このタンパク質とDNAの複合体を染色体といいます。
*3)遺伝子
各種生物の特性である姿形や性質などが親から子へ(次世代へと)継続して伝わることを遺伝といいますが、それを担っているのが遺伝子です。
遺伝子は、細胞・生命体を作り、機能させるための設計図として働く物質で、DNA上にあります。つまり、遺伝子は、DNAの中で実際に利用される部分のことであり、ヒトの場合、約3万個あります。DNAには遺伝子としての働きを持たない部分も大量にありますが、全く無意味な存在というわけではありません。
もう少し具体的にいいますと
遺伝子 = 蛋白質の設計図
ということです。1つの遺伝子から1つの蛋白質が作られますが、DNA上には、蛋白質の設計図である遺伝子がたくさん(約3万個)配置されています。
ついでに、ゲノム(全遺伝情報)ということばを説明しておきます。ゲノムGenomeというのは遺伝子Geneと染色体Choromosomeからつくられた言葉で、DNAのすべての遺伝情報のことです。ゲノムGenomeは遺伝子Geneとラテン語の集合体omeを合わせた言葉という意見もあります。
ゲノム=DNAのすべての遺伝情報
*4)ちなみに、60兆個の細胞に含まれるDNA長の総和を計算してみますと、およそ
2m X 60兆 = 2m X 60X10000億 = 2000m X 600億 = 2km X 600億 = 1200km X 1億 = 1200億キロメートル
となります。
地球と太陽との平均距離が1億5千万キロメートルですから、一人の人間が持つDNA長の総和1200億キロメートルは、地球太陽間距離のおよそ800倍になります。
最も遠い冥王星と太陽間の平均距離60億kmと比べても20倍になります。地球と冥王星を20往復する長さのDNAを体内で産生しているわけですから、そのすごさがわかります。昔から人体を小宇宙と呼んだのも宜(むべ)なるかなですね。
<参考> 太陽惑星間の平均距離
水星 0.579 億キロメートル
金星 1.082 億キロメートル
地球 1.496 億キロメートル
火星 2.279 億キロメートル
木星 7.783 億キロメートル
土星 14.294 億キロメートル
天王星 28.750 億キロメートル
海王星 45.044 億キロメートル
冥王星 59.151 億キロメートル
なお、本HPを訪れるほとんどの方は全く興味がないだろうと思いますが、ヒト細胞の核に含まれるDNA長が約2mであることは、以下の単純な計算でわかります。
ヒト細胞核に含まれる全DNAを構成する塩基対数は約60億(対になっていますから片方だけだと30億程度)です。
DNAはらせん状になっていますが、10塩基対で一回りし、その間のピッチは3.4ナノメールになります(図2)。
ここでは、ピッチを1回転したときに進む距離(らせん間隔)の意味で使っています。
⇒ 1塩基対あたりのらせん軸方向の長さは 3.4/10 = 0.34ナノメートルです。
従って、らせん状になったDNA長(らせんの回転軸方向の長さ)は、
(3.4ナノメートル/10塩基対) X 60億塩基対 =(3.4ナノメートル) X 6億
=(3.4メートル/10億)X 6億 = 2.04メートル(ナノは10億分の1という意味です)
ですから、全DNA長は約2メートルということになります。